雑談

天国までの100マイル

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こんにちは、今井です。

今日はビジネスネタではなく個人ネタです。

と言っても全然ビジネスに関係ない話ではないので読んでみて下さい。

知っている人は知っていると思いますが、私は家内を癌で亡くしています。

人生の中で人が目の前で死ぬと言う経験は誰しもあまりないと思います。

私の家内は病院で亡くなった訳ですが、眠るように亡くなると言うよくある亡くなり方では無かったです。

死ぬまで耳は聞こえている。

と言われますが、恐らく家内も聞こえていたんでしょうね。

私は看病している間いつも耳元で毎日の事や子供たちの事を聞かせていました。

最後はもうハァハァしているだけで返事もうなづきもありませんでした。

しかし私はずっと話かけていました。

そして脈拍が20とかになり意識もしょっちゅう飛ぶようになった頃。

最後のお別れの時間が遂に来たかと覚悟しました。

なんと家内は最後の最後にカッ!と両目をあけ起き上がったのです。

私は家内の手を握っていましたが、爪が食い込んで血が出たぐらいなのでまさに最後の気力だったのだと思います。

家内はもう何も言えませんでしたが、そうやって最後に起き上がってみせたのが私達への「ありがとう」だったのだと思います。

私の手の中で家内は亡くなりました。

眠ったまま意識がなくなり心臓が止まってしまうよりもよっぽど嬉しい最後の別れを残してくれました。

家内は2度癌になりました。

1回目は32歳の時に大腸がんでした。しかも末期で後半年と言われていましたが、手術が成功し、それから5年間何事もなく生きる事ができました。

癌になった人は5年経って何もなければ完治したと言う事になります。

2回目の癌が見つかったのは今日で遂に5年目やなと言う時でした。

その日私と家内ととてもウキウキして支度をしていました。

なぜウキウキしているかと言うと「完治」と言う太鼓判を貰う為です。

大腸がんはソフトボールぐらいあるでかい物でした。

運よくそれが振り子のようにぶらぶらとしていたので他の臓器には当たらす、転移もしていなかったのです。

そしてその大きな癌を取り除き、しばらく抗がん剤治療をしていましたが、経過も良くどんどん体調も回復していました。

そんな中5年目の診察を迎えました。

今日診察して何も無ければ完治したと認定される日でした。

私と家内はそれまでが順調に過ごせたし、家内の体調も良かったので間違いなく完治だと思っていました。

しかし残念ながらその時

「肺に何かある、これは癌の恐れがある」

と言う事で診察が終わり、大学病院を紹介されました。

何かあると言っても2ミリほどの「何か」と言う事で大学病院ではしばらく様子を見ようと言う事になりした。

それでも私達は今までの経過があまりにも良いので今回は小さいなら前よりももっと楽に治療できてまた元気になると信じて疑いませんでした。

大学病院側もそんな家内の体調の良さを見ていたので少し様子を見ようという事になったのだと思います。

でも本当はあの時取っていればよかったのでは?と思う時もあります。

結局はこの2ミリの何かが最終的には大きな癌になり、全身に転移してしまい手が付けれない状態になりました。

その状態になるまで見つかってから1年半経っていました。

大学病院では治療が出来ない人を置いてくれるほどベット数はありません。

地元の元々通院していた病院を紹介されてそちらに移動する事になりました。

今思えばその地元の病院も良く受け入れてくれたと思います。

なぜならば大学病院側からもう治療できない患者を押し付けられた訳ですから。

地元の病院で受け入れ態勢が出来ました。

しかしここからが実はめちゃくちゃ大変でした。

何が大変かと言うと移動なのです。

私が最近読んだ本で「天国までの100マイル」と言う本があります。

そんなに新しい本ではないのですが、ふとタイトルが気になり買ってしまったのですが、もう泣けて泣けて。

軽くあらすじを言うとかつては成功した中年オヤジが事業に失敗してくすぶっている時にお母さんが大変な状況になり、そのお母さんをボロ車に乗せて目指す病院へと100マイルの距離を走ると言うものです。

息も絶え絶えのお母さんを息子が必死に運ぶのですが、ほんと胸が締め付けられる内容です。

私は家内を大学病院から地元の病院に運ぶ時に同じような経験をしました。

その頃はまだサラリーマンでした。

ハイエースを借りて後ろの席をフラットにして布団を敷きます。

そして看護士さんから預かった点滴を窓に括り付け、ちょっとした救急車のようにした状態で走ります。

家内には本当の事は言えませんでした。

大学病院に居ても様子見やからどうせなら地元の病院で様子見た方がのんびりできていいやん?だから地元に一度戻るで?

そして体調を整えた上で再度大学病院に戻って手術するからな。

と言って出発するのですが、本当はもう片道切符なのです。

今思えばあの時命の短さを正直に伝えて残されてた日を少しでもみんなで過ごした方が良かったんかな・・と思う時があります。

しかし当時家内はまだ37歳、双子の娘は10歳です。

本人も「どんな苦しみでも乗り越えてみせる!」と言い、実際背中に激痛の注射をする時も泣き言一つ言わず我慢していました。

そんな本人に対して

「あのな、ほんまはもう後1ヶ月やねん」

なんて言えるでしょうか。

天国までの100マイルの中にも移動中にお母さんが調子悪くなり、もうこれが最後の食事かもと言う食事をするシーンがあります。

暑い日なのにお母さんは寒い寒いと言い、店内の荒くれた漁師さん達が、だったらクーラー止めてやれと言ってみんな汗をびっしりかきながらご飯を食べるシーンがあります。

私の家内も移動中に調子が悪くなり、途中のコンビニに停止しました。

顔は真っ青、はぁはぁ言っていました。

天国までの100マイルでは目的地には世界権威のお医者様が待ち受けていてお母さんの治療をしてくれるのですが、こっちはそうではありません。

人生の最終の場所に向っている訳です。

今回私が言いたいのは看病で苦労したとかそういう話ではないのです。

一度天国までの100マイルを読んでもらうと分かるのですが、あらゆる角度からあらゆる人々に助けられています。

そして主人公である男性はボロボロの状態になったからこそそこに気づく事ができました。

私は今50歳です。

人生をすでに折り返しているのですが、この年でやっと気づく事がとてもあります。

もっともっと早く気づいていたら俺の人生絶対変わってたわ!と思います。

私の周りの上手くいっている人はみんな気づいていますね。

若いのに気づいている人も居ればいろんな失敗をして気づいた人もいます。

私も失敗の数では誰にも負けないのでは?と言うぐらい自信があります(笑)

精神論ではないのですが、失敗する原因って何だと思います?

戦略?資金?人材?世の中の流れ?ライバル?

色々ありますよね。

実際そういう事も大事なんですが、実は成功するかしないかは「気づき」なんじゃないかなと思います。

何に気づくかって言うと感謝だけじゃなくて、相手の気持ちや、自分への期待や色々な事ですね。

そして自分ではなく周りが見えているのか?と言う部分が大きいです。

私も含め今のあなたの状況は今までの人生の「結果」です。

良い結果か悪い結果かは人それぞれです。

しかしそれは自らが判断して行動した結果です。

「あの人があー言ったから」

と人のせいにする人がいますが、その人の言う事を聞いて行動したのは自分が出した答えです。

何を指針に行動するのか?によってあなたの結果が変わってきます。

今あなたにとって良い結果になっていない場合は何かに対する「気づき」がまだないのでは?と思います。

私も色々な事を今も相変わらずやっていますが、全然うまくいかない事業もあります。もう悲しくなってきますし、不安にもなります。

そしてじゃあこうしてみよう、あーしてみようともがけばもがくほど上手くいきません。

そんな時ないですか?

「気づき」はうまく行かない、なんともならない、最悪の状態の時にチラチラと見えてきます。

もっと早く見せてくれたらいいんですけどね~(笑)

そのチラチラに気づけるかどうかですよね。

天国までの100マイルの主人公も全く何も気づけていない、見えていない人物だったのですが、お母さんが死んでしまう!と言う極限の中で色々気づきはじめます。

出来ればぜひ一度読んでみて下さい。

映画もありますが、本の方がいいですね。

自分の頭の中に残るので。

ではまた。

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